No.016(5266) 「ザ・ベストテン」の頃
その業績を紹介する報道の中で圧倒的に多いのが「報道キャスター」としての肩書。「ニュースステーション」のキャスターであり「権力や時代に向き合う姿勢」「強い意志と正義感」というイメージを誰もがお持ちだと思います。今に繋がるニュースショーの原点を創り上げた、その功績は大であると思います。
でも私にとっての久米宏さんのイメージは何と言っても黒柳徹子さんと組んだ「ザ・ベストテン」の司会。1978年(昭和53年)1月に始まったこの歌番組に、当時、小学校6年生だった私は、たちまち夢中になりました。番組のコンセプト「追っかけます お出かけならば どこまでも」の通り、ランキングに応じて、その時のヒット曲が全て放送されるという画期的な番組でした。沢田研二、山口百恵、ピンク・レディー、西城秀樹、郷ひろみ、野口五郎…スターがキラ星の如く登場する、そこは地方の小学生にとっては「憧れの地」でした。
そして、番組を見続けて、ふと思いました。これは久米宏さんという天才が、もう一人の天才である黒柳徹子さんとがっぷり四つに組んだ、トークバトル・ショーなのだと。その掛け合いの面白さは空前絶後だと、子供心に感じたものです。事実、久米宏さんが降板した後の番組は何の魅力もないものとなり、程なく打ち切られました。
初期の「ザ・ベストテン」、あの頃は家にはテレビが1台しかなく、家族皆で歓声を上げながら観ていたものです。
もう、あの時代は二度と戻ってきませんね。
2026年01月13日 22:00